クスリを飲むことさえ保証できれば,ほとんどの精神科長期入院患者は退院できる.
結核治療の世界では,だらだら入院させずに,排菌さえなくなったら最近はすぐ退院させる.
そのかわり,クスリを口の中に入れてごっくんするまで誰かに毎日見守ってもらう.
この方法をDirectly Observed Treatment(直接監視下療法)の頭文字を取ってDOTと言う.
最後にStrategy(戦略)もしくはShort course(短期)のSを付けてDOTSと呼ばれることも多い.
もともとは医療資源の乏しい発展途上国で行われ始めた苦肉の策とでも言えるものだが,その大きな効果が認められて,今では先進国でも堂々と取り入れられている.
一方,統合失調症や躁うつ病などの「ハイになる系」の精神科患者が地域で「問題」を起こすときは,今まで医者にかかったことがないというのでなければ,ほぼ間違いなく「服薬の自己中断」がからんでいる.
待つ家族のいない入院患者も「退院したって,どうせすぐクスリを飲まなくなって,再発してまた入院するだけ」と思われて,退院させてもらえない人がとても多い.
実際,そういう人を持続的なケアなしにほっぽり出すように退院させたところで,予想通りの展開が待っているだけだ.
ただクスリを飲み続けることさえできれば,たいていの統合失調症患者は独居でも地域で暮らせる.
もし,一人で暮らしてゆく生活力がないというのならば,「介護」や「福祉」の分野にお世話になればいいだけの話だ.
クスリごっくんの見守りだけなら何も資格はいらない.
引き受けてくれさえすれば,隣のおばちゃんでもかまわない.
これに「メンタルメイト」とか何とか名前を付けて,市や県や国が「1回いくら」で何がしかのお金を出してもバチは当たるまい.
もちろん,どこの分野にも先達はいるものである.
パキスタンのペシャワルで精神科診療に当たっているSaeed Farooq医師がいくつか論文を出していらっしゃる.
気になる向きは「Saeed Farooq schizophrenia dots」あたりで検索すれば容易に入手できる.
Supervised Treatment in Outpatients for Schizophrenia ("STOPS")として臨床試験も行われている.
(本記事執筆時点では試験期間は終了したものの結果は未発表)
Farooq医師は,精神科DOTSを発展途上国における精神科医療の切り札として考えていらっしゃるようだが,結核とまったく同様に先進国でも有効な手段であるに違いない.
導入はそんなに難しいことではないはず.
【関連エントリ】
半分話: クスリの飲み方
半分話: 居場所